きしだ あや oficial blog「自分らしさ」って何?心の探求

スピリチュアル嫌いが書く、地に足のついた時々スピリチュアルな考察

自分の気持ちがわからない時 どうすればいいのか その3

こんばんは。

きしだ あやです。

 

今日は

自分の氣持ちがわからない時

どうすればいいのか

ポイント

自分でわからなければ人に聞け

です。

 

さて、お正月気分も抜けたところですが

冬休み中にラジオNHKでしていた

子ども科学電話相談という番組を

あなたはご存知でしょうか。

 

面白いと思うからって

おすすめされて

2日間だけ聞けたのですが

一番印象深かった

”わたしの心”

についてのお話を

少し紹介したいと思います。

 

残念ながら電波が悪くて

断片的にしか聞けていないので

正確ではないかもしれませんが

こんな質問から始まりました。

 

小学生の男の子:

「人は死んだらどこにいくのですか?」

 

すると色々な専門家の先生が

それぞれの見解で

答えをくださいます。

 

その中で一人僧侶の先生がいらして

 

自分というものは存在しないんだ

 

という話をされました。

 

 

***************

 

 

自分とは何なのでしょう。

 

着てる服は君?

髪の毛は君?

体は?

骨は?

死んで肉体がなくなっても

人の心の中に君はいます。

 

でもどれも君自身ではないですよね。

 

変わるものは君ではない。

だから心も魂も君ではない。

 

どこにも君はいないのだから

 

死ぬこともないし

どこにもいかない。

 

 

***************

 

 

仏教の空(くう)の世界感です。

 

落ち着いて優しく

諭すようなお声に引き込まれました。

 

 

 

わたしという存在は

周りの認識があって成り立っている

とも言えます。

 

例えば

父としての自分

親の子どもである自分

旦那としての自分

高校の同級生としての自分…etc

 

どれも異なる自分である

とも言えるし

同じ自分である

とも言えるのです。

 

・・・

 

なんだか脱線気味になりました。

 

言いたかったのは

自分には見えていない自分もある

ということ。

 

人に聞くということには

他の経験から培われた意見を聞ける

という側面と

人から見る自分として

自分を客観視できる

という側面があります。

 

自分にない考えを

自分のものとして

取り入れることができたり

 

意見を聞くことで

反対や賛成、第三の意見が湧いて着て

自分の本当の氣持ちが

わかってきたりもします。

 

占いや

自己分析ツールを

利用してみるのもいいですね。

 

ただ、注意したいのは

漠然とでもどういう方向に

進んで行きたいのか

はっきりさせておくこと

だと思います。

 

せっかく聞いた意見を

活用できなければ意味がありません。

 

わたしは以前は

誰にも相談ができないたちでした。

一人で悩むし解決したい。

そんな

意固地な気持ちを持っていました。

 

本当に困った時には

誰かが助けてくれる

ありがたい人生です。

 

でもそんな恵まれた状態を

受け入れることが

できていなかったんですね。

 

アドバイスを聞いてもやっぱり

同じようなところ(考え)で

ぐるぐると巡っていました。

 

当時は苦しかったけれど

今思うと

現状から動き出したくなかったから

方向性を決めていなかったから

当然です。

 

 

自分のことを最後まで面倒見れるのは

自分しかいないのだから

依存はできないけれど

 

力を借りることはできます。

 

最後に決めるのはわたし。

 

そしてあなたです。

 

 

 

 

自分の氣持ちがわからない時

どうすればいいのか

 

1.あなたの体感覚はどこが優位(得意)か

2.心に聞いてわからなければ体に聞け

3.自分でわからなければ人に聞け

 

今回は

三つのポイントからお話しました。